London研究日誌

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2007年 12月 13日 ( 1 )


2007年 12月 13日

格差社会とStewardship

今朝のBBCニュースによれば、英国ではお金持ちの子供ほど勉強ができ、貧しい家庭で優秀な子供は、その優秀さにもかかわらずお金持ちの子供にあっさり抜かれてしまうという調査結果が公表された。ようは、子供の将来は家庭の裕福さに大きく影響されているとのこと。この傾向はどの国でも見られるものの、英国では特に顕著であるとか。

たしかに英国は格差社会ではあるものの、この調査結果は改めて考えさせられるものだ(なお、優秀さをどう計るのかという疑問もあるが)。Social mobilisationという言葉があるように、家庭事情にかかわらず子供たちには対等なチャンスを与えるというのは社会のコンセンサスだと思うのだが、実態は違うということのようだ。

たしかに、良い家庭の子供たちは良い学校に通い、良い教育を受けることができるのは日本でも同じ。特に顕著な例が、この問題に取り組むべき政治家や教育学者たちかもしれない。彼らは、子供たちに平等な教育機会をと言いつつ、自分の子供たちにはよりお金をかけてより良い教育を与えているように思う。うがった見方かもしれないけど、こんなダブルスタンダードが現実だと思う。実際に親の立場としては、他人の子供のことにまで構っていられないというのもわかる。

教育や医療を公的なサービスとして提供すべきかどうかという議論はしばしば行われている。国民全員に対して、教育や医療のすべてのサービスを公的に平等に提供することは、いまのシステムではほぼ不可能になってきたのも事実。ただし、現状の仕組みをちょっと変えることで改善されることもいっぱいある。

いまの政府(官僚や政治家)に一番求められているのは、こういった仕組みの見直しや社会構造のReformへの舵取り、いわゆるStewardshipだと思う。公的なサービスの提供が必要かどうかは別の議論であり、公的にせよ私的にせよ良いサービスを幅広く提供できうる仕組みづくり、あるいは仕組みの改善が急務だと思う。

そのためには、優秀な政治家や官僚の存在は欠かせない。テレビに出ているタレントや、話題性だけの政治家が必要なのでは断じてない。タレント出身の政治家が全員無能だとは言わないが、本当に国民が必要としている人を選んでいるのか疑問だ。また、選んだ人が本当に国民のために働いたかどうかということを正当に評価しているのか、そもそも評価できる仕組みがあるのか疑問だ。そんな単純だけど重要なことに、いつになったらみんな気づくんだろう。
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by kototora | 2007-12-13 17:55 | life in London